原田神社

萩の寺に行ったときの帰りに寄った神社です。阪急岡町駅近くの商店街、旧能勢街道が南北に、旧伊丹街道が東西に通い交わるところに鎮座する神社。商店街と境内のギャップが非常に面白かったです。
■原田神社(はらだじんじゃ)■
  主祭神:須佐之男命       社格:府社
  創建:4世紀中頃~5世紀末
  所在地大阪府豊中市中桜塚1丁目2-18
  参拝日:2008年10月5日
(概要)
桜塚古墳群の故地に4世紀中頃~5世紀末創建されたとされ、古代には素戔嗚尊など五神をまつり、祇園神社と称した。また白鳳12年(684年)6月18日に天武天皇が神宝・神鏡・素盞男命御鏡・獅子頭を奉納したことから大宮と称し、皇族や武家より厚く崇敬を受けた。鎌倉時代以降には牛頭天王信仰と習合し、東は豊嶋郡榎坂村(現吹田市江坂)から、西は川辺郡富松村(現尼崎市富松)にわたる摂津国中西部72村の産土(うぶすな)神社となり、「西牧総社」と呼ばれ崇められた。また足利氏、殊に義澄、義晴、義輝の3代からは厚い信仰を受け、神領として西牧六車(むぐるま)の庄(桜塚・原田・曾根・勝部・走井・福井)の寄進をうけている。
天正6年(1578年)に荒木村重の兵火にかかり、境内社の十二社殿本殿及び神宝等を除き全焼。仮殿を経て慶安5年(1652年)、現在の本殿が再建された。 もとは祇園社(ぎおんしゃ)とも牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)とも呼ばれていたが、貞享2年(1685年)に神祇管領から「原田大明神」の神号を得て現在の社名となった。
江戸時代に入ると境内地は狭められていったが、境内地に接した門前町は能勢街道と伊丹街道の結節点としても栄えるようになり、この市街地が現在の岡町の基となった。 明治43年(1910年)に開通したころの阪急電車の写真を見ると神社の中に岡町駅があるように見える。(Wikipediaより)


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右:能勢街道に面した原田神社東側正面に建っている鳥居。建立に関する記録として、貞享4年(1687年)、和泉屋甚兵衛が御庄屋中に送った「御鳥居之注文」(原田村野口家文書)が残っており、江戸時代の鳥居の建立過程を知る上でも貴重な資料となっています。
左:境内内から見たところ。商店街が見えますね。
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左:豊中市指定文化財である摂社十二神社本殿。三間社流造の形式になり、屋根は桧皮葺、桁行4.10m、梁間は身舎部で1.54m、庇部で1.08m の規模をもち、その基本的な構成は本殿と同様となっており、、17世紀初頭の建築とみられています。
右:末社。向かって左から「八幡神社」「春日神社」「天満神社」「八坂神社」が祭られています。
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境内摂社。祭神はメモしてくるの忘れました・・・・(^^ゞ
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左:拝殿。
右:本殿は国指定の重要文化財です。棟札から慶安5年(1652年)の建立と判明する。全国的にも類例の少ない五間社流造(ごけんしゃながれづくり)の形式をもち、正面に千鳥破風(ちどりはふ)および軒唐破風(のきからはふ)がみられ、屋根は桧皮葺。江戸時代後期に杮葺きから桧皮葺きになったと伝わってます。材料工法ともに上質な江戸時代前期の建築で、虹梁(こうりょう)の配置や身舎(もや)とのつなぎ方、妻飾などに配した邪鬼など細部の形式意匠にも特色があります。(Wikipediaより)
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左:定番のお稲荷さん。
右:境内で日向ぼっこしていた白いぬこ(^.^) ほんと神社に猫は似合います。


商店街から一歩入ると、こんなに落ち着くところがあるなんて・・・。いいなぁ、こういう商店街(^.^)