湖東・寺社巡り その1

すでに先週のことなんですが、会社の指定休がありました。日ごろの行ないもよく晴れ渡りましたので、これは寺社巡りするしかないと、車にてブィーンと出かけることに(^.^) 行き先は滋賀県は近江八幡市。
車で走ること約2時間で最初の目的地、長命寺へ到着。ここは西国の札所であります。
■姨綺耶山 長命寺(いきやさん ちょうめいじ)■
「長命寺(ちょうめいじ)は、滋賀県近江八幡市にある寺院。山号は姨綺耶山(いきやさん)。西国三十三箇所第三十一番札所。天台宗系単立。聖徳太子の開基と伝える。
琵琶湖畔にそびえる長命寺山の山腹に位置し、麓から本堂に至る800段余の長い階段で知られる。かつての巡礼者は、三十番札所の竹生島宝厳寺から船で長命寺に参詣した。
伝承によれば、第12代景行天皇の時代に、武内宿禰がこの地で柳の木に「寿命長遠諸願成就」と彫り長寿を祈願した。このため宿禰は300歳の長命を保ったと伝えられる。その後、聖徳太子がこの地に赴いた際、宿禰が祈願した際に彫った文字を発見したという。これに感銘を受けてながめていると白髪の老人が現れ、その木で仏像を彫りこの地に安置するよう告げた。太子は早速、十一面観音を彫りこの地に安置した。太子は宿禰の長寿にあやかり、当寺を長命寺と名付けたと伝えられている。その名の通り、参拝すると長生きすると言い伝えられている。
実際の創建年次や創建の事情については未詳であり、確実な史料における長命寺の初見は、承保元年(1074年)3月2日付の「奥島庄司土師宿禰助正解文」(おくしましょうじ はじのすくねすけまさ げぶみ)という文書である[1]。
長命寺には中世以降の文書が豊富に残されている。それによると、中世の長命寺は比叡山(延暦寺)西塔の別院としての地位を保ち、近江守護佐々木氏の崇敬と庇護を受けて栄えていた。しかし、永正13年(1516年)、佐々木氏と伊庭氏の対立による兵火により伽藍は全焼。現存する堂宇は室町時代から近世初期にかけて再建されたものである。」(Wikipediaより)
001山門  002三重塔
左:長命寺の山門はえらい質素です。本来ならバス停から808段の石段をを上がってこなければいけませんが、車だとその山門のすぐ横に駐車場があるので、かなり楽ができます。
右:本堂の東側にある三重塔。慶長2年(1597年)に建てられたもので重要文化財に指定されています。
003本堂  004三仏殿
左:本堂。大永4年(1524年)に再建されました。本尊は「千手十一面聖観世音菩薩三尊一体」。千手観音、十一面観音、聖観音(しょうかんのん)の3体のこと。本堂、本尊3体とも重要文化財。
右:本堂の西側に近接してある三仏堂。堂内に釈迦・阿弥陀・薬師の三仏を祀っています。永禄年間に再建されたもので、滋賀県有形文化財。
005護法権現社拝殿と渡廊下  006鐘楼
左:三仏堂に繋がっている、護法権現社拝殿と渡廊下。永禄8年(1565年)の建立で滋賀県有形文化財。
右:境内西方の高い位置にある鐘楼。重要文化財に指定されています。
007修多羅岩  008太郎坊大権現社
左:山の斜面に大きな岩があります。これは「修多羅岩と呼ばれて武内宿彌のご神体とされています。
右:太郎坊権現社。鐘楼のさらに西方にある、長命寺の総鎮守。ここに祀られる太郎坊とは大天狗の名で、寺の縁起によれば、後奈良天皇の時代に長命寺にいた普門坊なる超人的力をもった僧が、寺を守護するため大天狗に変じたものとか。
さすがは、西国札所。規模は他のところに比べると小さいものの、十分古刹としての威厳がありますねぇ。
長命寺のあと、近江八幡の街並み散策を使用かなと思いましたが、この町は見所満載で、半日で回るにはもったいないと思い、目的地を急遽変更。仕事中によく看板を見る湖東三山を巡ることにしました。
湖東三山はその2にまわすことにして、道中に立ち寄ったお寺や神社をここで紹介します。
001真静院
真静院という、長命寺の麓にある宿坊。上がっていったら布団干してたんで、引き返しました(^^ゞ
002阿賀神社 001阿賀神社
阿賀神社。こちらは里院のようです。本宮は別のところにあります。
003万葉歌碑
神社のそばには、万葉の森が広がっています。船岡山山頂には巨大な万葉歌碑が。額田王と大海人皇子の相聞歌が万葉仮名で、岩面に嵌め込んであります。
百済寺の近くに、末寺である引接寺がありました。
■来迎山 引接寺(らいごうざん いんじょうじ)■
「天台宗の寺院で、百済寺の未寺にあたります。史料が織田信長の焼き打ちで焼失してしまったため、いつ建立されたかはっきりとはわかりません。百済寺を再興した亮算(りょうさん)の弟子・亮誉(りょうよ)が開山し、現在の地に寺院を建立したといわれます。本尊阿弥陀如来像は、再建寺に善万坊大徳(ぜんまんぼうだいとく)という僧が寄進したもので、平安時代の作といわれます。また、庭園の奥にある「来迎浄土(らいこうじょうど)」は付近の山野に散在していた石仏や石塔を集め、昭和61年(1986)に造られたもので、三層になっていて、大石塔を中心に二千体の石仏と三千基の五輪塔を安置し、毎年8月22日に万灯供養が行われます。」(web上の説明より)
001山門  002本堂
左:山門。右:本堂  極普通のよくあるお寺です。来迎浄土という看板がなければ、このまま帰っているところでした。そして、本道の裏へ行ってみると・・・。
003来迎浄土  004来迎浄土
そこには、来迎浄土・・・・というか、おびただしい数の石仏や石塔。これだけあると、ものすごい威圧感です。なにか、引き込まれるものがありますね。
8月にはここで、万灯供養が行われるとか。一度見てみたいものですねぇ・・・。
その1はここまで。その2は湖東三山のお寺を紹介しますね(^.^)/