湖西~湖北ドライブ その1

9月は有休消化月間なので、今回は滋賀をぷらぷらドライブに行ってきました。行先は湖西(高島)から湖北(長浜)になります。

道中で、雰囲気のいい神社があるなと思ったら結構有名なところでした。
「白鬚神社(しらひげじんじゃ)は、滋賀県高島市鵜川にある神社。国史見在社で、旧社格は県社。別称は「白鬚大明神」「比良明神」。神紋は「左三ツ巴」。全国にある白鬚神社の総本社とされる。沖島を背景として琵琶湖畔に鳥居を浮かべることから、「近江の厳島」とも称される。2015年(平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産 」の構成文化財として日本遺産に認定される。」(Wikipediaより)

 
左:拝殿と本殿。本殿は豊臣秀吉の遺命を受け、秀頼の寄進により1603年(慶長8年)に建立されたもので重要文化財指定。拝殿は拝殿は1879年(明治12年)の建築だそうです。
右:社務所。1932年(昭和7年)の造営。書院造で中世を思わせる造りであるとして、国の登録有形文化財に登録されています。


若宮神社(高島市指定有形文化財)。階段上がって左から外宮、内宮、三社(すべて高島市指定有形文化財)。
湖上に浮かぶ鳥居が有名ですが、交通量が多く道路横断するには危険が伴うので、禁止の看板が出てました。

城攻めもちょいと。これは大溝城跡。天正6年(1578年)織田信澄によって築かれたといわれています。

遺構は病院付近にある本丸に残る天守台のみ。近くに分部神社もあります。

車を走らせていると、なんか文化財っぽいものを発見。

浅見絅斎書院。案内板によると「 承応元年(1652)にこの地に生まれた浅見絅斎は、名を安正、字を重次郎という。京都で医学、後に山崎闇斎に儒教を学び、錦陌講堂を開き弟子を教えた。性剛穀廉潔尊皇の心篤く仕官せず、清貧窮乏であったが志を曲げなかった。赤心報国を刀に刻み、中国誠忠の士8人の略伝を『靖献遺言』に著し、幕末の勤王の志士たちの精神的原動力となった。」とありました。

浅見絅斎書院の向かいに、神社を発見。
 
左:大田神社とあります。御祭神は大年神・菅原道眞。また天津久米命を合祀。
右:本殿は滋賀県指定有形文化財だそうです。

時折雨が降る天気の中、小谷城跡まで車を走らせました。さすがにこの天気で小谷城を攻めることは断念。まぁ、時間的な都合もありましたので(2時間以上は優にかかるらしい)また別の機会で攻めたいと思います。

小谷城戦国歴史資料館で御城印と名城スタンプをGET。ここの展示物ですが・・・・ぶっちゃけ、しょぼいです。まぁ、入館料300円でお安いというのだけが救いかもしれません(^^;)

小谷城から南下して、最終目的地である長浜に到着。まずは長浜のシンボル、長浜城へ。
羽柴秀吉が築城した水城で、一国一城の主になったことで有名ですが、大阪の陣後廃城となり、遺構はあまり残っていません。
 
左:現在の天守は1983年に犬山城や伏見城をモデルにして模擬復元されたもので、市立長浜城歴史博物館として引用されています。
右:天守からの眺望は中々のもの。

その1はここまで。その2は城以外の長浜を駆け足で見て回ってきた内容になります。ではまた(^.^)