静岡観光 その1(久能山東照宮と駿府城)

2019年5月24日

名古屋出張は日帰りですが、せっかく行くのだから観光でもしようと思い愛知の隣、静岡県に行くことに決定(^.^)

朝早くに新幹線に乗り静岡駅へ。静岡駅でレンタカーを借りて久能山へ出発。ここには行ってみたかった久能山東照宮あります。

■久能山東照宮■
「徳川家康公の遺言により、久能山には遺体が埋葬されその地に家康公を祀る神社として建てられた。全国東照宮の発祥の地。大工棟梁、中井正清によって築かれた社殿は平成22年(2010)に国宝指定。権現造、総漆塗極彩色の社殿および建造物群は、江戸時代初期の歴史的建造物として美麗かつ均整の取れた穏やかさを誇る。
また、併設の博物館には家康公の愛用品、歴代将軍の寄進刀剣および多数の所蔵品が収められ、中でもスペイン国王から家康公に贈られた洋時計、歴代将軍奉納の甲冑は全国的な関心が寄せられている。」(WEB上の説明より)

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左:楼門。勅額御門とも言われています。。
右:社殿(国宝)。2006年(平成18年)に社殿の塗り替え行われ極彩色が色鮮やか(^.^)

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左:廟所宝塔(神廟) 。本殿の裏手にあり家康の遺骸を埋葬した所。家康の遺命により西向きに建てられています。
右:鼓楼。鐘楼(しょうろう、鐘を突く建物として扱われてきましたが、神仏分離の際、鐘楼は仏教施設であるということから中身を太鼓に替え、現在の「鼓楼」となりました。

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左:唐門と透塀。内側から見ています。
右:社殿の見事な彫刻。当時の最高技術なんでしょうね(^.^)

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久能山東照宮博物館。「徳川家康関係資料」や徳川家ゆかりの資料が多数展示されています。日本最古のゼンマイ式南蛮時計や日本最古の鉛筆なんか結構感動したかも。

東照宮のあとは大御所の城へ(^.^)

■駿府城■
「家康在城時の駿府の町は、江戸と共にいわば2元政治が行われていたため、政治、経済の中心地として大いに繁栄していました。家康の死後、城主となった忠長が改易されると駿府城は城代の管理となります。寛永12(1635)年の火災により天守等の殆どの建物が焼失し、櫓、門等の建物は再建されますが天守は再建されませんでした。以後江戸時代の駿府城は、建物の規模も次第に縮小していくこととなります。
明治時代になると、歩兵34連隊の誘致に伴い本丸堀は埋められ、三ノ丸は官庁や学校などの公共用地となりました。戦後、本丸、二ノ丸部分は駿府公園として整備され,巽櫓、東御門の復元もされ一般に公開されています。」(静岡市役所サイトより)

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駿府城公園内にある「紅葉山庭園」。巽櫓、東御門との共通券があるので、セットで見学することをお勧めします(^.^)

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左: 本丸堀と二の丸堀を結ぶ二の丸水路。石垣の一部は徳川家康が天下普請で駿府城を築いた当時のものと考えられてい ます。
右:平成元年(1989年)に本格的な木造城郭建築物として復元された巽櫓。

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平成8年(1996年)に日本古来の伝統工法にのっとて復元された東御門。

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門及び櫓内部は一般公開されていて、駿府城の絵図や復元資料、駿府城関連の出土品などを展示しています。

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左: 発掘調査により部分復元された本丸堀。
右:江戸時代に徳川家康公が植樹したと伝わる県指定天然記念物「家康手植の蜜柑みかん)」

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今年4月に一般公開された出来立てほやほやな坤櫓。こちらも木造で復元されています。


威風堂々としている家康像。家康は鷹狩りが大好きで、生涯で1,000回以上は楽しんだと言われていります。

久能山東照宮はカメラの設定を間違えて残念な写真しか撮れていないのが非常に心残りとなってしまいました。
足の状態が悪かったので、ロープウェイを使いましたが、再訪したときには1159段もあるという表参道階段を上って参拝したいと思います\(^o^)/

その1終了! その2は近日中にUPしますねん(^.^)